三川の國保美といふ處に、杜國がしのびて有けるをとぶらはむと、まづ越人に消息して、鳴海より跡ざまに二十五里尋かへりて、其夜吉田に泊る。 寒けれど二人寐る夜ぞ頼もしき |
あまつ縄手、田の中に細道ありて、海より吹上る風いと寒き所也。 冬の日や馬上に凍る影法師 伊羅古に行く道、越人酔うて馬に乗る
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此里をほびといふ事ハ、むかし院のみかどのほめさせ玉ふ地なるによりて、ほう美といふよし、里人のかたり侍るを、いづれのふみに書きとヾめたるともしらず侍れども、かしこく覚え侍るまゝに、
梅つばき早咲ほめむ保美の里 いらござきほどちかければ、見にゆき侍りて、 いらご崎にる物もなし鷹の声 |
保美村より伊良古崎へ壱里計も有べし。三河の國の地つヾきにて、伊勢とは海へだてたる所なれども、いかなる故にか、万葉集には伊勢の名所の内に撰入れられたり。此洲崎にて碁石を拾ふ。世にいらご白といふとかや。骨山と云は鷹を打處なり。南の海のはてにて、鷹のはじめて渡る所といへり。いらご鷹など歌にもよめりけりとおもへば、猶あはれなる折ふし
鷹一つ見付てうれしいらご崎 |
弥生半ば過ぐる程、そゞろに浮き立つ心の花の、我を導く枝折となりて、吉野の花に思ひ立たんとするに、かの伊良古崎にて契り置きし人の伊勢にて出迎ひ、共に旅寝のあはれをも見、かつは我が為に童子となりて、道の便りにもならんと、自ら万菊丸と名をいふ。まことに童らしき名のさまいと興有り。いでや門出のたはぶれ事せんと、笠のうちに落書す。 乾坤無住同行二人 よし野にて桜見せうぞ檜(ひ)の木笠 よし野にて我も見せうぞ檜の木笠 万菊丸 |