資料8 那須の黒ばねと云所に知人あれば、是より野越にかゝりて、直道をゆかんとす。遥に一村を見かけて行に、雨降日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。草刈おのこになげきよれば、野夫といへどもさすがに情しらぬには非ず。 「いかゞすべきや。されども此野は縦横にわかれて、うゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」と、かし侍ぬ。 ちいさき者ふたり、馬の跡したひてはしる。独は小姫にて、名をかさねと云。聞なれぬ名のやさしかりければ、 かさねとは 八重撫子の 名成べし 曽良 頓て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て、馬を返しぬ。 |
資料9 黒羽の館代浄坊寺何がしの方に音信る。思ひがけぬあるじの悦び、日夜語つゞけて、其弟桃翠など云が、朝夕勤とぶらひ、自の家にも伴ひて、親属の方にもまねかれ、日をふるまゝに、日とひ郊外に逍遙して、犬追物の跡を一見し、那須の篠原をわけて玉藻の前の古墳をとふ。それより八幡宮に詣。与一扇の的を射し時、「別しては我国氏神正八まん」とちかひしも此神社にて侍と聞ば、感應殊しきりに覚えらる。暮れば桃翠宅に帰る。 修験光明寺と云有。そこにまねかれて行者堂を拝す。 夏山に 足駄を拝む 首途哉 当国雲岸寺のおくに佛頂和尚山居跡あり。 竪横の五尺にたらぬ草の庵 むすぶもくやし雨なかりせば と、松の炭して岩に書付侍りと、いつぞや聞え給ふ。其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば、人々すゝんで共にいざなひ、若き人おほく道のほど打さはぎて、おぼえず彼梺に到る。山はおくあるけしきにて、谷道遥に、松杉黒く、苔したゞりて、卯月の天今猶寒し。十景尽る所、橋をわたつて山門に入。 さて、かの跡はいづくのほどにやと、後の山によぢのぼれば、石上の小庵岩窟にむすびかけたり。妙禅師の死関、法雲法師の石室をみるがごとし。 木啄も 庵はやぶらず 夏木立 と、とりあへぬ一句を柱に残侍し。 |
資料10 是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊得させよと乞。やさしき事を望侍るものかなと、 野を横に 馬牽むけよ ほとゝぎす 殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。 |
資料11 又、清水ながるゝの柳は蘆野の里にありて田の畔に残る。此所の郡守戸部某の此柳みせばやなど、折ゝにの給ひ聞え給ふを、いづくのほどにやと思ひしを、今日此柳のかげにこそ立より侍つれ。 田一枚 植て立去る 柳かな |
1 芭蕉公園 | 山も庭も動き入るや 夏座敷 | 2 芭蕉公園入口 | 田や麦や中にも夏のほととぎす |
3 芭蕉の広場 | 鶴鳴くや 其声に芭蕉やれぬべし | 4 芭蕉の館 | 那須野の章段 文学碑 |
5 常念寺 | 野を横に馬牽むけよほととぎす | 6 明王寺 | 今日もまた朝日を拝む石の上 |
7 修験光明寺 | 夏山に足駄を拝む首途(かどで)哉 | 8 西教寺 | かさねとは八重撫子の名成るべし 曾良 |
9 玉藻稲荷神社 | 秣負う人を枝折の夏野哉 | 10 雲巌寺 | 木啄も 庵は破らず 夏木立 |
11 高福寺 高久 | 落くるやたかくの宿の郭公 | 12 湯殿神社 那須 | 湯をむすぶ誓いも同じ石清水 |
13 殺生石 那須 | いしの香やなつ草あかく露あつし | 14 遊行柳 芦野 | 田一枚植て立去る柳かな |
15 遊行柳 芦野 | 柳散り清水かれ石ところどころ 蕪村 | 16 遊行柳 芦野 | 道のべに清水流るゝ柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ 西行 |