播州倉庫の前、国道2号「小林東」バス停脇に「佐突(さつち)駅家跡」の石碑が立っている。古代播磨の国に設けられた駅家の一つだが、早い時期に廃止され延喜式にその名は載っていない。碑の周辺を見る限りではありふれた国道風景だが一筋北にはいり旧道を歩いてくと、野口でみた駅ケ池のような溜池がいくつもみられ、こんもりした小山を背後に古代の風景が残されている。| 城下町初期の豪商で、18世紀始め本陣となる。当主は三木助右衛門、地理学者伊能忠敬測量日記に文化2年(1805)11年止宿あり |
アーケード商店街が終わり飲食店やキャバレーなどが並ぶ猥雑な空気に包まれた福中町で、船場川手前の筋を左折すると、電柱に取り付けられたパネルから、かわいい千姫が道案内をしてくれる。| うずみ門筋 城の西玄関(備前門)から入り中濠の南西隅の埋門(うずみもん)、櫓を経て登城する道筋 |
| 備前門跡(外濠) 城の西玄関。備前の国(池田輝政の子の所領)へ通ずると名付けられた。西国街道の要所 |
左の国道2号に乗るとすぐ左の山すそに、地蔵ととなりあって「池魚塚」と彫られた珍しい石塚が見えた。近寄ってみると、標柱に「道路改修資金のために売られた池の魚への感謝と供養の塚。天保7年(1836)の年号が見られる」と説明書きがある。よほど多量の魚であったか、高級魚であったか。