| 美しいカントリーサイド ひ弱そうなイギリス青年 |
ロンドンの風景は多くの映画を思い出させる。「メリー・ポピンズ」は、まだ高層ビルがなかった時代のロンドンを空から俯瞰するのによい。特に、街を歩くと必ず視野に入ってくる竹の子のような暖炉の煙突を、クローズ・アップで見せてくれる。
「ウォータルー・ブリッジ」はそのままの名の悲しい名画がある。邦題名は「哀愁」と訳され、「君の名は」の原点となった。第一次世界大戦下、空襲警報が鳴りわたるウォータールー橋で出会った将校クローニンとバレエの踊り子マイラ(ヴィヴィアン・リー)は互いに惹かれ合い、レストランで別れのワルツ(蛍の光)が演奏される中ローソクの灯が消えるにあわせて2人は唇を重ねる。結婚の約束をしてフランスの戦場に赴いたクローニンの帰りを待つマイラに届いたのは彼の死をしらせる新聞公告だった。生活のために身を落とし、ウォータルー駅で帰還兵に媚を売っていた彼女の前に嬉々として手を振るクローニンが現れる。| I loved you. I never loved anyone else. I never shall. |
| あなたを愛していました。他の人を愛したことは一度もありません。これからも決して。 |
| 花の多い国。オニオン・スープ、エスカルゴ、ワイン |
| 彼女が今もし声をだしたら、どんな声を出すだろう。私はふとそんなことを考えて見たが、声柄も調子も想像されなかった。むしろ彼女はフィレンツェにすんでいたあいだも、決して口は利かなかった女のような気がする。単に「ええ」とか「いいえ」とかさえも云わず、かすかにうなずくか、首をふるだけで、すべてはこの微笑で、人間がもっている限りの言葉を使う以上の思想感情を示していたのであろう。 |
夜はカジノ・デ・パリでフレンチ・カンカンを見た。60フラン(約4000円)の入場料は旅行費に含まれている。同名の映画でもなじみの、フリルのスカートの裾をまくりあげて脚をこれでもかとふりあげる、あのアケスケな色気は見ていても気持ちがよい。| It was a summer evening, Just twenty I had seen, When I kissed ruby lips and Hair of golden sheen. The night was blue and blissful, The Neckar flowed pristine, It was then I knew, it was then I knew, What all to me did mean.. |
I lost my heart in Heidelberg for all time, On a balmy summer night. In love head over heels, oh were she all mine, And like a rose, her laughing mouth my light. As by the gates she said: "Good-bye my lover," That last sweet kiss, it did confirm once more, I'd lost my heart in Heidelberg forever. My heart still beats on Neckar's shore. |
| Unfriendly People People Army きれいな牧草、小さな教会、 素朴なキリスト像(丸太作り、色彩豊か) |

右手西方にアイガー(3970m)、メンヒ(4099m)やユングフラウ(4158m)の雄大な姿が見える峠に、ローヌ氷河がある。ローヌ川がここから発し、フランス東南部を南下してアヴィニオンを通り、マルセーユの西で地中海に注いでいるのだ。青白く濁った氷河を見下ろしながらパンとコークのピクニックランチをとる。数種類のハムやソーセージをフレンチ・パンにねじ込んで、そのまま噛みつくのは爽快であった。「サウンド・オヴ・ミュージック」でエプロン・ドレスのジュリー・アンドリュースと7人の子供が高原でピクニックに遊ぶ風景の中に私たちもいた。| 陽気‐商売気‐値引き交渉、日本語の話せるガイド、店員。 Vino(Rosso‐red、Bianco ‐White) 寺院見学(ノースリーブ、短パン、超ミニ厳禁) ディスコ‐ イタリアーノのしつこい女勧誘 コミュニストの躍進 6/20 総選挙 34%(キリスト民主党 38%) コイン不足、つり銭としてガムor地方の銀行券(他地方では通用せず) |
減な国なのである。
長い秘書生活で婚期を逸したキャリア・ウーマンが8ミリカメラをぶら下げてヴェネチアの町にやってきた。ワインと鳩と陽気なイタリア人に囲まれて旅情を楽しむが、心にはなにかヴェネチアの魅力をもってしても満たされない隙間がある。その隙間を埋めるように、ある中年男性と知り合い食事を共にする。
「アメリカ人ならランを選ぶのだけれど…」と、花売りから彼女が買ったのはくちなしの花だった。世間なみに、彼には妻子がいた。ジェーンはヴェネチアとつかの間の夏の恋を思い出に、魅惑的な町を去ることに決める。駅には1輪のくちなしの花を掲げて追いかける男の姿があった。
ローマを舞台にした名画は多い。子供の頃兄の部屋で見た「スクリーン」という映画雑誌にデ・シーカという監督の名前とともに、私とあまり違わない子供のでてくる映画のスチール写真が並んでいた。大人になって見たその映画は、共に悲しいやりきれない映画であった。1つは「靴磨き」。他の1つは「自転車泥棒」。ともに終戦直後のローマを舞台にした傑作である。
同じ年に作られたもっと楽しい映画がある。世界の女性を魅惑したオードリー・ヘプバーンのデビュー作、「ローマの休日」である。監督はウィリアム・ワイラー。彼は人に悲しい思いをさせない。ハリウッド映画の使命は人を楽しませることにあることを一番わきまえた監督である。ソフトクリームを手にスペイン階段を降りてくるすがすがしいヘプバーン、ボッカ・デラ・ベーリタ広場の教会柱廊にある「真実の口」と呼ばれるライオンのような海神トリトーンの口に手を入れ、あわてて引っ込めるヘプバーン、そんな無邪気な王女さんをやさしく見守る新聞記者グレゴリー・ペックの都会的センス。最後の記者会見でみせる別離シーンの奥ゆかしさは私には耐え難い。
20日目はイタリア南部を横切って、港町ブリンディシに移動する。丘とオリーヴの木が続く南の風景は貧しい。ここからギリシャにむけて1泊の船旅に出るのである。ヨーロッパの旅もほぼ半ば近くを消化した。デッキのプールサイドで焼け付くような地中海の太陽を浴び、ビールを片手に本を読む。完全なリラクゼイションの1日が用意されていた。| 赤茶色の岩、岩山、やぎ、ろば 黒衣の老婦、刺繍、畑で昼寝する農夫 ターキッシュ・コフィー、オリーブ、ブズーキ Friendly、日本びいき 小柄、浅黒の男性 路端の十字架箱‐交通事故死者の写真 |
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