大般若塚から法師温泉への道 永井 みなかみ町 利根郡 群馬県
三国峠4.0km 永井宿3.8km 猿ヶ京6.5km 法師温泉2.7km 国道17号1.0km
吉田善吉墓所 慶応4年(1868)閏4月24日戊辰戦役に於て戦死官軍は之をこの地に埋め墓石を建つ 吉田善吉は、上州吉井藩人足百姓善吉で後に姓を吉田と与えられ、士分となったもので名を政明と云った。  新治村観光協会
明治戊辰の役で会津藩鶴ヶ城攻略に向かった官軍中、北上する薩長連合軍山県有朋、吉井幸輔の隊を迎え討とうと、時の会津領、越後小出島軍事奉行、町野源之助、弟、久吉、家臣遠藤介、三込山良助など16名、地方郷士侠客など、雑兵、120余名は三国峠に陣を敷いた。一方官軍方は豊永司令官を始め鎮静官前橋少将等が、高崎、佐野、吉井等の諸藩の兵600人程を率いて須川宿に到着、豊永司令官は諸藩の隊長を集めて翌日の作戦命令を言い渡した。高崎藩は200人を率いて永井の裏山伝いに大般若塚に向かえ、吉井佐野藩は180人を率いて法師から、大般若塚に向かえ、自らは鎮静官と共に200人を率いて本道より向かう。かくて適陣を三方より挟撃すると、翌日は雨で進撃を止め永井の村民中から地形に明るい3人を山かせぎ姿として敵陣付近を偵察させた。以下略
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