
その隣の写真には沼に畳一枚ほどの小さな箱船を浮かべて身を乗り出している男女が写っていた。船の配置といい、二人の仕草のタイミングやアングルといい実に好ましい。
三津谷集落から2分も行かないうちに煉瓦館の標識がでてくる。振り向くと北西の方角に雪を抱いた飯豊連峰が白く輝いていた。| 桐の花、紫に咲きたるは、なほをかしきを、葉のひろごりざまうたてあれども、また、こと木どもとひとしう言うべきにあらず。唐土にはことごとしき名つきたる鳥の、選りてこれにしもゑるらむ、いみじう心ことなり。まして琴に作りて、さまざまに鳴る音の出で来るなど、をかしなど、世の常に言ふべくやはある。いみじうこそはめでたけれ。 | |
| 桐の花が紫に咲いているのはやはり美しく、葉の広がりかただけはいやな感じがするけれども、また他の木などと同列に並べて論ずべきではない。中国ではおおげさな名前がついた鳥(鳳凰)が、選んでこの木にすむというのは、格別な感じがする。まして桐を琴に使って、そこからさまざまな音色が出てくることなどは、おもしろいなどと世間並みのことばで言えようか。たいそうすばらしいものである。 |
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