尾浦城址 大山3丁目 鶴岡市 山形県
大山の地は、古来尾浦といい、武藤氏の領地であった。武藤氏は初め、大宝寺城に居住し、 庄内地方に威を振るっていたが、天文元年(1532)に庶族砂越氏の攻撃に遭い高館山山系の要害大平山の地に尾浦城を築き移り、大宝寺城には城代を置いた。以来、武藤氏は尾浦城を本拠として領内を統一し、19代義氏の全盛期に至った。慶長5年(1600)の関ヶ原合戦の後、最上領となり大山城と改称し、 居館が山麓に移されるが、元和元年(1615)の一国一城令により廃城となった。