一里塚跡: 江戸から8番目
上方見附跡: 保土ヶ谷宿の京都(上方)側の出入口となる上方見附は、外川神社の前にあったとされています。見附は、土盛をした土塁の上に竹木で矢来を組んだ構造をしており、「土居」とも呼ばれています。この上方見附から江戸方見附までは、家屋敷が街道に沿って建ち並び「宿内」と呼ばれています。  平成15年3月  保土ヶ谷区役所
今井川 一里塚跡・上方見附跡付近 保土ヶ谷町 旧東海道