江戸時代、東海道が帷子川を渡る地点に架けられていた帷子橋は、絵画に描かれたり、歌や俳句に詠まれるなど、保土ヶ谷宿を代表する風景として知られていました。中でも初代広重の「東海道五十三次之内保土ヶ谷」は特に有名です。(中略)昭和31年(1956)3月に帷子川の流れがそれまでの相鉄線天王町駅南側から北側に付け替えられたのに伴い、帷子橋の位置も変わりました。かっての帷子橋の跡地は、現在の天王町駅前公園の一部にあたります。  

横浜市教育委員会
旧帷子橋(新町橋)跡 相模鉄道天王町駅前 岩間町1丁目5番地保土ヶ谷区 旧東海道