石井兄弟敵討跡  亀山城内石坂は、元禄14年(1701)5月9日早朝に、石井源蔵(33歳)半蔵(30歳)の兄弟が、28年目に父石井宇右ヱ門の敵、赤堀水之助(源五右ヱ門)を討ち取ったところである。 本懐を遂げた石井兄弟は、旧主の青山忠重に帰参を許されて、青山家が丹波亀山(現京都府亀岡市)に移封になると藩主に従って移り住み、生涯を終えた。 この敵討は、「元禄曽我兄弟」と称されて、歌舞伎・講談・絵本・浮世絵などに取り上げられ、日本中で称賛された。 昭和7年亀山保勝会によって、ここに「石井兄弟敵討遺跡」碑が建てられた。亀山市教育委員会

亀山城石坂門跡  西之丸から二之丸へ通じる枡形門で、櫓門の規模は三間十間高さ四間であった。亀山市教育委員会
石坂史跡 東丸町 亀山市 三重県