鈴鹿山護国寺とも呼ばれ、その開基は仁寿年間(851〜853)と伝えられる古刹です。江戸時代初期には将軍御殿が設けられており、上洛途中の徳川家康や家光が休息しています。参勤交代の大名は山門前では駕籠から降りることを通例としていたと伝えられます。慶安3年(1650)の洪水後に古町から現在の位置に移りましたが、明治に入り廃寺となり、現在は石垣だけが往時を偲ばせています。
金蔵院跡 関町坂下 亀山市 三重県