箱根旧街道畑宿一里塚 畑宿 箱根町 足柄下郡
江戸時代、徳川幕府は旅人の目印として、街道の一里ごとに「一里塚」をつくりました。石畳の両側に残る畑宿の一里塚は、江戸日本橋から23里目に当り、東海道中唯一その形態を留めるものです。山の斜面にあるこの塚は、周囲を切土・盛土と石貼で平坦面をつくり、直径が30尺(9m)の円形に石積を築き、礫を積み上げ、表層に土を盛って頂上に植樹したものであることが発掘調査から分かりました。保存整備では、塚の構造を復元し、標識樹として畑宿から見て右側の塚には樅(もみ)を、左側には欅(けやき)を植えました。   箱根町教育委員会