完成1882年(明治15年)    建設/鉄道省煉瓦造平屋建 敦賀市金ケ崎1−19
敦賀港駅は1882年(明治15年)金ケ崎駅として出発した。敦賀は日本海側で一番早く鉄道が通った町であり、港の荷物を直接取り扱うのが金ケ崎駅だった。その後、1912年(明治45年)新橋〜金ケ崎間に欧亜国際連絡列車か週3往復走るようになり、国際港敦賀は多くの人と荷物で賑わった。当時の建物かほとんどなくなってしまったなかで残ったのが煉瓦造りの「ランプ小屋」だ。列車を走らせる際には、後方にその存在を知らせる光が必要だが、電気機具等が未発達な当時光源として使われたのが灯油を燃やすカンテラだった。そして、引火性の強いこの油類を保管するための危険物倉庫として建てられたのが赤煉瓦倉庫だった。「ランプ小屋」と呼ばれて長く親しまれてきた。このランプ小屋に積まれている煉瓦をよく見ると多くの煉瓦に、「平」とか「一」、「八」といろいろ刻印がきざまれている。これは、煉瓦を作った職人の名前の一部だそうです。  敦賀観光協会
敦賀港駅ランプ小屋 金ヶ崎町 敦賀市 福井県