朝鮮通信使は、朝鮮国王が日本の武家政権へ、つまり江戸時代には徳川幕府へ派遣した公式の外交使節です。彦根は通信使の来日ごとにその宿泊地にあてられていました。大使節団であったため、宿泊施設はいくつかに分散されましたが、宗安寺は、特に重要な三使をはじめとする上官の宿泊所となりました。宗安寺の表門は朱塗の門であることから「赤門」と呼ばれて親しまれています。佐和山城の大手門を移築したと伝えるもので、元禄14年(1701)の大火で唯一焼け残った施設といいます。黒門は朝鮮通信使の宿泊の際、御馳走搬入の勝手口として使用されたといいます。
 宗安寺 本町2丁目 彦根市