中国地方の子守歌発祥の地 高屋町 井原市 岡山県
「中国地方の子守唄」と上野耐之
「ねんねこ しやっしやりませ」の子守唄は古くからこの高屋の地で歌い継がれてきた。 高屋町出身の若き声楽家 上野耐之は、揺藍の頃からこの子守唄で育まれ、聞き覚えていた素朴で愛情にあふれるこの子守唄を、昭和3年の春分の日に、大作曲家 山田耕筰のもとに出向き、独唱披露した。山田耕筰は、日本の風土が生んだすぱらしい唄として大変感動し、直ちに楽譜に記し、同年4月4日「中国地方の子守唄」として世に出し、多くの人々に愛唱されるようになった。明治、大正、昭和、平成と声楽人生一筋に生きた上野耐之は、母心を歌ったこの子守唄を故郷高屋の文化として残し、平成13年6月23日、百歳の生涯に幕をおろした。