処女塚 御影塚町2丁目 東灘区 神戸市

古の小竹田壮士の妻問ひし  菟原処女の奥つ城ぞこれ
この歌は、万葉の歌人、田辺福麻呂が旅の途中で処女塚に立ち寄った時の現況と、それから受けた感動を歌ったものである。古くから処女塚古墳には、東灘区住吉宮町一丁目の東求女塚古墳と灘区都通三丁目の西求女塚古墳にまつわる悲恋の伝説が言い伝えられている。この伝説は、二人の男性が一人の女性を慕ったため、女性は身を処しかね、嘆きつつ死んでしまった。それを知った二人の男性も悲しみ後を追った。女性の墓を中にして、男性の墓を東西に造ったという物語である。側面には八十一叟正四位下加茂季鷹とある。その左方に建碑年号と思えるものがあるが明らかではない。 平成6年3月 神戸市教育委員会