野内番所は、盛岡(南部)藩に対する番所として、秋田藩に対する碇ヶ関、大間越とともに津軽三関と呼ばれたところである。成立の年代は元和年間といわれているが、はっきりしていない。(中略) 通行者数は、時代や季節によって多少はあるが、藩庁への報告書によると享保2年(1717)から同6年までの月平均片道通行者数は、100人程度であった。天明8年(1788)8月24日に、この地を歩んだ古川古松軒は、その書「東遊雑記」に「青森より東二里 野内村といふ所に津軽候の関所ありて往来の人を改むる」と記している。
野内番所跡 野内菊川 青森市 青森県