出雲大神宮 字西裏89 清水町 福島市
祭神 素盞鳴命(須佐之男命) 大己貴命(大国主命)
由緒 当社の社伝には約800年の昔、平石の山発田に「片原の宿」と云う宿場があった。そこの「長者屋敷」の主の炭焼きの藤太が氏神様として祀ったのが当社であると伝えられた。藤太は大変に信心深く家業にはげんだので、縁結びの出雲神様の御加護を頂いて、京より来た阿姑娜姫と結婚し裕福な家庭に恵まれ、4人の子が生まれた。その一人が有名な「金売りの吉次」と称されて、奥州と京を往来しながら沢山の家財を積み村人と共に立ち栄えたがその後、文治5年石名坂の戦火のために一切を焼失してしまった。村人は藤太一家の徳を慕い出雲大神を祭って年を経て来たが、奥州街道が開通したので、慶長年間に現在地に移り田畑を開拓し、また宿場を営み、出雲大神宮を一村の鎮守として尊崇して来た。 (中略) 文化財 宿場定板書  元禄15年 外4枚 以上