旧川原町(湊町・玉井町・元浜町) 岐阜市 岐阜県
斎藤道三・織田信長のころ、(16世紀中頃)から、このあたりは中川原(明治初期には富茂登村)と呼ばれ、道三は城下町をつくるにあたり、ここから上にかけての場所に川湊を設け、長良川の上流域で豊富に産する美濃紙・木材・茶などや当時のブランド品であった関の刃物を、ここを中継地にして全国各地に売りさばいたとも考えることができます。江戸時代になると、尾張藩がここを治め、長良川役所が置かれました。ここを下る荷船から船役銀(通行税)を徴収しました。荷の種類は竹皮・酒・灰・炭・紙・木・茶・米など多様でした。それらを取り扱う紙問屋・材木問屋などが軒を連ねていました。いまでも当時の商家を偲ばせる格子造りが残っています。軒屋根に設けられています屋根神様は町内を火災から守る秋葉様です。珍しいところでは、明治の頃の古い銀行の建物もあります。また、道三の子斎藤義龍が建立した禅宗寺院の伝燈護国寺跡には、庚申堂が建てられています。昔の面影がただようこの地域の散策は、鵜飼情緒をさらに高めてくれます。  川原町まちづくり会