八鶴湖・東金城址 東金 東金市 千葉県
東金城は九十九里浜より約9km上がった下総台地の崖上の標高72〜74mの地点に築造された「平山城」である。丘陵最上部に五つの郭を配し、その下に腰曲輪を巡らせ、さらに四方に伸びる尾根上や斜面に多くの平場・空堀・竪堀・土塁等の施設を適所に配している。 この城は、酒井小太郎定隆によって、大永元年(1521年)に築かれ天正18年(1590)7月までの約70年、酒井氏五代(定隆・隆敏・敏治・敏房・政辰)の居城であったと云われている。また他説として、干葉一族によって築かれた鴇ケ根(峰)城に、浜式部少輛春利が居城し、その後酒井氏が改称したという説もある。城跡であると推測される地域は広く、北麓は家老古川出雲守邸、南麗(現台方区公民館)には家老椎名豊後守邸があったと思われる。そして山の中腹には酒井氏の菩提寺である鳳凰山本漸寺がある。東金市の基礎を築いた酒井氏の居城であったことや、市内の寺が定隆によって法華宗に改宗されたことなど、東金市の歴史を語るうえで、責重な文化財であると言える。    東金市教育委員会指定第五十号   平成七年六月七日指定