町並み 旧高内宿 幸岡 矢板市
寛永13年(1636)徳川家康を祀る日光東照宮の完成にあわせて、奥州方面から日光参詣の便をはかるための日光北街道が整備されました。これに伴い、南方の幸岡城の近くや、北方の万五郎付近に住んでいた人々が、街道沿いの高内地内に移住して宿を形成するようになりました。沿道には問屋、かご屋、商家等が軒を並べ日光参詣の要人や旅人の往来、那須八木沢代官所管内天領の年貢米をはじめとする、東北、那須方面から今市、日光方面への輸送路の宿場として栄えました。