元禄14年(1701)、甲府藩領高島郡の代官として赴任した西与一左衛門は、風波のたび宅地の被害が甚だしいのを哀れんで、海津東浜の代官金丸又衛門と協議し幕府の許可を得て元禄16年(1703)に湖岸波除石垣を東浜668m(367間半)、西浜495m(272間)を築いた。 この石積を普請した人々は高島町の石垣村や打下の石屋などであったといわれている。 このお陰で水害がなくなり地元村人たちがその業績を称えるため西浜連光寺境内に碑を建立した。
海津浜の石積み マキノ町海津 高島市 滋賀県