天正14、5年(1586、7)ころ、坂本城が廃されて大津へ移転、その跡地の堀を埋めて北国へ通じる大道をつくったことからきた町名と伝えられます。なお、町は南北2町から成っており、またこの道は江戸時代、西近江路(北国海道)として交通の要路でした。
 旧大道町町並み 下坂本4丁目 大津市