音無川のこのあたりは古くから名所として知られていました。江戸時代の天保7年に完成した「江戸名所図会」や嘉永5年の近吾堂板江戸切絵図、また安藤広重による錦絵など多くの資料に弁天の滝、不動の滝、石堰から落ちる王子の大滝などが見られ、広く親しまれていたことがわかります。 「江戸名所花暦」「遊歴雑記」などには、一歩ごとにながめがかわり、投網や釣りもできれば泳ぐこともできる。夕焼けがひときわ見事で川の水でたてた茶はおいしいと書かれており、江戸幕府による地誌、「新編武蔵風土記稿」には、このあたりの高台からの眺めについて、飛鳥山が手にとるように見え、眼の下には音無川が勢いよく流れ、石堰にあたる水の音が響き、谷間の樹木は見事で、実にすぐれていると記されています。 こうした恵まれた自然条件をいまに再生し、後世に伝えることを願って、昭和63年、北区は、この音無川親水公園を整備しました。
  たきらせの 絶ぬ流れの末遠く すむ水きよし 夕日さす影  飛鳥山12景のうち 滝野川夕照より     昭和63年3月  東京都北区
音無川親水公園  石神井川