有形文化財(建造物) 市指定昭和41年(1966年)12月
  江戸時代の元禄、天明、天保等の大飢饉で、日光神領の村々は、餓死者や倒産の家が多発した。このため、村民は協同で郷倉を建て、不作の時に困らないように貯穀をした。 この文挟宿郷倉は、江戸末期に栗材でしっかりと建てられたもので、当時の稗も発見されている。農民共済の実をあげたこの郷倉は、わずかに残っている貴重な建物である。 平成11年(1999)3月 日光市教育委員会
 文挟宿郷倉 文挟町 日光市 栃木県