矢切の渡し (対岸は柴又) 江戸川
矢切の渡しは松戸市矢切と東京都柴又を往復する渡しでその始まりは380余年前江戸時代初期にさかのぼります。当時、江戸への出入りは非常に強い規制のもとにおかれており、関所やぶりは「はりつけ」になろうという世の中でしたが、江戸川の両岸に田畑をもつ農民は、その耕作のため関所の渡しを通らず農民特権として自由に渡船で行きかうことができました。これが矢切の渡しの始まりでいわゆる農民渡船といわれるものです。明示以降は、地元民の足として、また自然を愛する人々の散歩コースとして利用され現在では唯一の渡しとなっています。この矢切の渡しの庶民性と矢切の里の素朴な風景は、千葉県の生んだ歌人でもあり小説家でもある伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の淡い恋物語の背景となっておりその小説の中で美しく描かれております。   平成10年3月