小倉山房石碑群 中央1丁目 本庄市 埼玉県
右側の4基の石碑は、かつて小倉山房という建物の周辺に立てられていました。 小倉山房は、江戸時代後期の本庄宿の渡辺吉十郎(紅於)が、現在の資料館北側の崖線上を京都の嵐山に見立て、小倉屋という旅館を造りました。小倉山房と名付け、庭に紅葉を植栽し、当時の有名な文人の石碑も数多く建てました。この石碑の多くは本資料館の西側に位置する安養院に移設されましたが、この4基は最後まで小倉山房の崖斜面に残されていたものです。