庁鼻和館跡(国済寺) 国済寺 深谷市 埼玉県
関東管領上杉憲顕は新田氏をおさえるため六男の上杉憲英がここ庁鼻和(こばなわ)に館を築き、康応2年(1390)館内に高僧俊翁令山禅師を招いて国済寺を開きました。憲光、憲長とこの地に居住し房憲のとき深谷城を築き移転しました。ここ館あとは国済寺を中心に面積は28ヘクタールに及ぶ広大なもので、その範囲を示す地点は南に物見櫓跡、北東隅起点 ここ北西隅外郭土塁があります。ここは上野国から鎌倉へ通じ台地上の末端にあり重要な位置でした。以下略  昭和58年1月  深谷上杉顕彰会