越のむらさき 摂田屋3丁目 長岡市 新潟県
越のむらさきについて
 江戸時代、摂田屋は天領として長岡藩の干渉もなく、税金も優遇されて、水、穀物も良質で豊富、交通の要衝である三国街道も通っていて、醸造業が集まる下地は充分にあったわけです。現在摂田屋には、酒、味噌、醤油の醸造業は六軒を数えます。
越のむらさきの創業は天保2年(1831年)長岡藩時代にはじまった醤油造りは、177年になろうとしております。この間「お客様を大事に・品質第一」のモットーが多勢のお客様に支持されて来ました。社屋は明治10年の施行という事ですので、130年余りになろうとしております。新潟中越大震災では、社屋は一部損傷を受けましたが、お地蔵様と竹駒稲荷のお加護もあって設備に大きな被害はありませんでした。
れんがの煙突
煙突が建築された明確な年代は不明ですが、昭和3年に工場を新築した時には、既にこのれんがの煙突はあったようです。当時は石炭を燃やしており、煙突からは黒い煙が出ていたと思われます。燃料が石炭から重油になると共に使われなくなりましたが、貴重な建築物として、当時の3分の2程の高さを残してあります。長岡市の第1回都市景観賞の受賞には、このれんがの煙突の存在も、大きく貢献しております。新潟中越大震災には、真中で大きくねじれ、れんがも多数割れて倒壊寸前でした。現在は修復、補強工事が終わっております。