天文11年(1542)7月、諏訪頼重は武田信玄に攻められて桑原城に破れ、甲府において自害した。墓は東光寺(甲府市)にあるが、この地に菩提寺として頼書院が建立され、境内には宝塔を立てて中に宝籤印塔を納めその霊を供養した。 宝籤印塔は総高95cmで、基礎・塔身・笠・相輪の各部分の大きさの調和がとれていて美しく、関西形式と関東形式が混在したこの地方特有の作りである。 宝塔は、石造りの覆塔ともいうべきもので、方形の平面の塔身に四注状の笠を乗せ、露盤に請花、宝珠をおく。 境内にはこのほかにも古い墓碑が多く見られる。  指定昭和43年4月10日  諏訪市教育委員会

上原城主諏訪頼重公廟所 神戸 四賀 諏訪市 長野県