川越街道  この道は、川越と江戸とを結ぶ道路です。大田道潅(1432−86)のころには、すでに開かれて、北武蔵と南武蔵とを結ぶ重要な道でした。江戸時代人になって、この道を通った大名は、川越藩主だけでした。したがって宿泊の設備の必要はなく、下練馬宿には、大きな旅館もなく、庶民を相手とした休み茶屋が、数軒あったくらいです。「栗よりうまい13里」は、川越芋の宣伝文句として有名ですが、実は江戸・川越間は、9里と4里、計13里(52km)でした。 川越街道は、練馬区の北部をかすめているにすぎませんが、下練馬宿のこのあたりは、昭和27年に南側に沿ってつくられた24mの道路と比べると、昔の面影をとどめています。   昭和62年3月  練馬区教育委員会   
ここには、天和2年(1682)銘の「北町聖観音座像」をはじめ馬頭観音や庚申塔など数多くの石造物があります。江戸周辺を探訪した小石川の僧が記した紀行文『遊歴雑記』にも、文化12年(1815)にここを訪れた記述があり、往来の人々の信仰や赤塚村への分岐道の目印ともなっていたことが分ります。  平成11年3月  練馬区教育委員会
「北町の仁王像」
吽形(うんぎょう)像。(中略)聖観音座像建立の翌年に建てられたことが分ります。
北町聖観音座像
高さ270cm、区内最大の石仏。(中略)台座には川越街道沿いの29の地名が刻まれています。
  北町観音堂(石観音堂) 北町2丁目 練馬