長久保赤水は享保2年(1717)多賀郡赤浜村(現高萩市)の農民の子として生まれた。伊能忠敬よりも42年も前に日本地図『改正日本輿地路程全図』を完成させた。 『伊能図』は幕府によって機密とされ長く一般に公開されなかったが、赤水の地図は広く印刷されている。そのため全国に普及したほか、外国でも多く所有されている。赤水はまた、「世界地図」「中国地図」等を作成するなどグローバルな学者であった。

 長久保赤水旧宅 赤浜 高萩市