三之丸西側のこの空堀跡は、台地を掘削して造成された水戸城外堀で城内と町屋地区とを区画する重要な役割を持っており、古絵図を見ると空堀であったことがわかる。また、水戸城の塁壁は全体が土塁と土の堀で石垣は構築されなかった。ただし、家康や三代将軍家光の頃に、二度ほど石垣構築の命が出され、一部石材の準備もなされたが、実現を見なかったと伝えられている。今に残る三之丸西側の空堀跡は、往時の水戸城を偲ばせる貴重な史跡であり、春の桜花や秋の黄銀杏の彩りも見事な場所である。     茨城県  茨城県教育委員会

旧水戸城三の丸空掘跡  水戸