建治2年(1276)板碑 芭蕉と弟子の曽良は元禄2年(1689)旧暦5月10日(太陽暦6月26日)松島を出発、小野を経て、石巻へ向かった。梅雨のあい問のむし暑い日であった。ここ町頭から七十七銀行あたりまでを馬箭町、それから先の中道あたりまでを新田町といった。新田町で二人は急に咽が渇いたので湯をもらおうと頼んだが、家ごとに断わられたと曽良の随行日記に書かれてある。この街道は寛文2年(1662)につくられ、石巻街道といい、矢本の宿が生まれたのはそれから一年後のことである。  平成6年3月1日 矢本町教育委員会

矢本宿西口 歴史の道(奥の細道) 矢本 東松島市