ランプ小屋(旧東海道本線) 伏見区 京都市
施工明治11年  完成 明治13年 廃止 大正10年    大正10年、現在の東海道本線のルートである膳所−京都間が開通するまでは、旧東海道本線(馬場<膳所>−大谷−山科−稲荷−京都)が東西両京を結ぶ幹線として活躍していました。この線区の建設には非常な難工事(山間部を通過する始めての鉄道であったこととトンネルの掘削や丘陵部の切取り築堤など)が伴い当時としては大がかりな土木工事でしたが特筆することは、この工事がそれまで外国人に依存していたことから脱却しすべて日本人の手により建設が進められたことです。明治13年7月14日明治天皇臨御のもとに開通式を挙行、翌15日全線開通のはこびとなりました。。そして最急行が走破するなど華かな時代を迎えたわけですが、急曲線の連続急匂配に禍いされて大正4年から線路変更工事が開始され、その完成とともに廃線の運命をたどりました。「ランプ小屋」は旧東海道線の建物として残った只一つのもので、同時に国鉄最古の建物として貴重な遺構の一つとなっております。