問屋坂 海岸町3丁目 室蘭市 北海道
明治25 年(1892 年)、輪西〜岩見沢間に北海道炭砿鉄道会社(以下北炭)の鉄道が敷かれると、室蘭は石炭積出港として大きく発展しました。北炭の石炭荷役を一手に請け負ったのが(ヤママルイチ)佐々木商店の佐々木市造氏。その繁栄ぶりは城壁にも似た石垣(一部改修)が物語っており、明治39 年(1904 年)、有珠の石を運び、京都から石垣職人を連れてきて作らせたものです。今はありませんが、石垣の上の豪邸は、くぎを一本も使わない宮造りの平屋建てでした。やがて海産物卸問屋の室蘭産物会社が創業されると、その石垣のある坂は人であふれ、「問屋の坂」あるいは「産物の坂」と呼ばれるようになりました。石炭産業最盛期のころの港は、まだ明けそめぬ星空の帳を破るように、石炭列車が夕張から到着し、入江埠頭に数百輌の「セキ」印の貨車が止まっていました。その先には貯炭場の山と、うなるトランスポーターがあり、岸壁では荷揚人夫がパイスケ(竹製の運搬具)を肩に調子をとりながら歩み板を渡って艀(はしけ)を往復していました。(