善光寺 小見川 香取市 千葉県
山号を寿永山、院号を宝珠院、寺号を善光寺という。本尊は阿弥陀如来で、観音、勢至の両脇侍を配する天台宗の寺院である。創建は寺伝によれば、天正4年(1576)、信州善光寺の沙門清覧法師が開山したと伝えられている。 境内には、千葉県指定史跡となっている歌舞伎の名優初代松本幸四郎のお墓がある。また、恋の願いごとなどが叶えられるという伝説がある「腹切り様」のお墓があり、女性の信仰を受けている。
安永年間(約250年前)に小見川一の豪商で廻船問屋平塚屋は内田藩一万石の御用商人であった。その一人娘弥生は小見川小町と言われる程の美人で気立てのよい評判の娘であった。ところが不治の病にかかり医薬をつくすも痩せ衰えていくばかりそんな時吉野屋という旅龍に泊まっていた江戸の医学生源之進が依頼される。もし病気が治れば望みは何でも聞きましようと両親は確約した。治療に専念することニケ月次第に食欲も出て回復し又、お互いに恋心を持つようになった。 そこに藩の勘定奉行の伜が横恋慕をして押しきり結局二人はかなわぬ恋に終わった。 まず源之進が平塚家の墓前で割腹自殺をし、一足違いで来た弥生が喉をついて果てた。折り重なって死んだ二人の死顔はじつに幸せそうであの世で晴れて夫婦になれた。 街の人達はこの墓を「腹切様」と呼び特に花柳界の信仰はたいへんなもので線香の煙が絶えなかった。そして石をけずって御守りにしたという。縁結び、厄除け等の願をかけると願いが叶うという伝説がある。平塚家では二人の供養のため山門を寄進し冥福を祈った。 平成19年3月 善光寺