福聚院・白寿延命地蔵 市部 南房総市 千葉県
福聚院の山門と駕寵置台   平成3年2月26日指定
 鶴見の総持寺開山から教えて第15代に当たる紅天楊波和尚が合戸に一寺を建立したがこれが現在の耀光山福聚院で、開創は室町時代の末といわれる。この山門は、勝山藩祖酒井家の寄進であるが、これは藩祖酒井忠国の父忠朝が寛文元年(1661)に市部の埋田に屋敷を設け住んでいたが、翌年44歳の若さでこの世を去った。その葬儀はこの福聚院で営まれ、火葬の後、遺骨は福井県小浜へ送ったといわれる。現在の山門はもと忠朝の邸にあったもので、酒井家から忠朝の供養のために寄進したものといわれ、山門の左手には酒井氏が寺へ来る時用いた駕籠を置いた場所がある。南房総市教育委員会