祭神応神天皇、保食神(うけもちのかみ)、 配祀與次郎大人之霊 由緒、沿革 慶長年間、旧秋田藩主佐竹右京大夫儀宣公の飛脚那珂與次郎 江戸秋田間を六日で往復し忠勤を励んだが、故あってこの地で暗殺され、恋人お花の手によって、ひそかに葬むられ慶長十六年幕府は奉行配下、杉本某を派して四ツ家の鎮守八幡と共に與次郎稲荷大明神として祀られたと伝えられ今なお秋田県よりの参拝者多し。五穀豊穣商売繁盛、交通安全殊に進学成就等の霊験あるスポーツの神として若人の崇敬篤い。 石造り鳥居 社前の鳥居は最上三鳥居の一つにし文部省指定の貴重品であり市の文化財である。 |