鋳銭座跡 川尻新川町 秋田市 秋田県
秋田藩は元文2年(1737)幕府の許可を受け、翌3年銭座を新設して鋳銭を開始した。ここで鋳造された「寛永通宝」は「虎の尾はじき永のしるし」という特徴を持ち、材料の銅と鉛は藩内産を用い、錫は大坂(大阪)から購入した。延享2年(1745)幕府の中止命令により廃止された。当時の銭座稲荷は保戸野鉄砲町に移されている。