大山騒動義民供養塔 旧銅片町 大山2丁目 鶴岡市 山形県
右五人は 天保15年(同年12月弘化と改元1844年)の大山騒動指導者で 獄門 遠島追放の厳しい処分をうけた大山村民である 五人はその処分を知ることなく 相次いで江戸の牢で獄死した
大山騒動とは庄内由利2万7千石 73カ村の天領百姓が 庄内藩預り支配の幕命を忌避し代官支配の継続を求めて 天保15年2月から幕府などへ訴願をしたがいれられず やむなく4月26日から28日にかけて 支配替え手続き阻止のため大山に集結 蜂起したものでその後 弘化3年5月に約3500人余が処分された未曾有の惣百姓一揆のことである 当地の銅片町観音講の「万世名誉保存集」はこの五人を「愛郷ノ志ヲ懐キ身ヲ犠牲ニシテ身命ヲ厭ハザルノ功ヲ尽シ」た義民としてこの供養塔ともどもその義挙を称えている。 平成19年7月吉日  大山文化財を愛する会  鶴岡市文化財愛護協会