気比神社 三瀬 鶴岡市 山形県
上代より気比台池畔に保食大神鎮座あり、後元正天皇霊亀2年越前国敦賀の気比神社より七座をこの地に勧請、上代よりの古社を摂社とし祭神は七座五社二十七神を祀っている。社殿の造営は天文九年尾浦城主武藤氏の武将高坂中務時次等領内に奉加を令して之をなし現在の本社殿等は宝永4年庄内藩主酒井公の寄進並びに御郡中の奉加及び氏子の寄附により造営され、世の興亡変転にかかわらず領主、氏子の尊崇厚く廃藩置県後明治9年懸社に列せられ例大祭は4月12日懸内外の崇敬人多し。境内約3万坪、本社の奥100m余りの処に神池あり、周囲約900m旱雨により涸溢なく深浅測るべからず  (中略) 旧社殿跡に源義経公の遺跡あり又指呼の間葉山中腹に義経記の薬師神社跡がある。羽黒旧記因由の八乙女神社、籠穴は葉山のかげ海に臨むところにあり舟で詣することができる。