甲山八幡宮 西江原町 井原市 岡山県
太古神功皇后が三韓を親征され、凱旋の途中この山に玉歩を運ばれ、中国地方の平和を祈念するため、宝の兜を頂上にうめられたと謂う。里人は、この地に瑞垣をめぐらし、この山を清浄な霊山として崇敬するようになり、山の名称も、この時から甲山と呼ぶようになったと言い伝えられている。また一説には、那須小太郎宗晴が祖命をうけ、武運長久を祈るため、与一が屋島の戦功を挙げた際、着用していた甲胃を頂上に埋納したとも言われている。山麗にはかつて、竪穴式石室が発見され、中から刀、鉄鏃馬具等が発掘されたのである。今は石室も破壊され、そのあとを止めないが、甲山古墳として、文化庁の指定を受け、広く知られるところとなっている。 平成20年3月吉日 西江原史跡顕彰会