正福寺は、香水山楊池院正福寺と称する真言宗智山派の寺で、本尊は不動明王である。当山は、江戸時代学門の研究や子弟を養成する常法談林であり、当時この寺は、49ヶ寺の末寺をもっていた。また、将軍徳川家光の代、御朱印13石を賜っている。 境内には、県指定史跡の義賑窮餓之碑がある。天明3年(1783)に浅間山が大噴火したため関東一円に灰が降り、冷害も重なって大飢饉となった。この時、幸手町の有志21名が食品を出しあって、難民の救済にあたった。この善行が時の関東郡代伊奈忠尊の知るところとなり、顕彰碑を建てさせたという。また、樹齢450年、根まわり5メートルもある槙の大木があり、県の天然記念物に指定されていたが、惜しくも枯れてしまった。寺には、多くの古文書や仏像・書画が保存されており、境内には日光道中の道しるべもあり有名である。 昭和63年3月 埼玉県幸手市 |