大山道標 東大成町1丁目 大宮区 さいたま市 埼玉県
安政7年(1860)に建てられたこの石碑には「大山御嶽山 よの 引又 かわ越道」と彫られ、中山道から西へ分方れる道の存在と行き先を示しています。かつては、レストランと魚店の間に古い道があり、その道が大成町2丁目の普門院の東側へと通じ、さらに与野の町へと続いていました。大山は神奈川県伊勢原市の阿夫利神社、御嶽は東京都青梅市の御嶽山への信仰の道を示しています。大山参りは、この辺りでは男子が15〜20歳になると−人前と見なされ村の大人と共に参拝したそうです。与野・引又(志木市)・川越は当時の商業や交易の中心地として栄え、大成地区からも毎月の市日には長芋・麦・米を売りにでかけるなど近在から多くの人々が集まってにぎわいをみせました。 さいたま市教育委員会