葛飾区指定有形文化財  水戸街道石橋供養道標    所在地 新宿2丁目20番25号  指定年月日  昭和52年2月13日
 水戸・佐倉両街道の分岐点に立つ道標です。この地域の万人講、不動講、女中講の人々は、安永2年(1773)から5か年を費やし27か所の石橋を架けました。これはその供養のため、不動明王像と道標を、この町の石工中村左衛門に造らせたものです。当時27か所もの石橋を架ける事は、共同事業とはいえ大変な大事業であったと思われます。また今は無くなってしまいましたが、この道標(竿石)のうえに不動像を安置していました。
 新宿町は水戸・佐倉街道の分岐にある宿場町で、千住から1里余り中川を渡りちょうどこの辺りで水戸街道は金町へ(水路に沿った道を左に)、そして佐倉街道は上小岩へと向かいます(現在の水戸街道を越えて右に入る)。この佐倉街道は参勤交代に利用されただけでなく元禄(1688)以降、民間の信仰が盛んになると、成田山新勝寺や千葉寺参詣の道としても利用され、成田道、千葉寺道と呼ばれるようになりました。      
                               葛飾教育委員会

左面:安永六 丁酉年八月吉日 石橋供養塔
正面:左 水戸街道 右 なりたちば寺道
右面:成田山 さくらみち 万人 不動 女中
水戸街道石橋供養道標 新宿 葛飾区