徳淨上人千日祈願の塔 天保7年(1836) |
廻国供養碑 寛保元年(1741) |
庚申堂 寛政年間(1789−1801) |
徳浄上人千日祈願の塔 むかし、一人の憎が勢州明野の庚申堂を霊場(根城)として修行していたという。 天保の頃、村が大飢饉にみまわれ、悪疫大流行、世情騒然となったとき、この僧が村民の窮状を救わんものと伊勢両神宮に千日の間、村民の無事息災祈願のため素足で日参された。 その後、明野村は疫病もなく、盗難、火災もなく平安に暮らすことが出来たという。この憎の名を徳浄光我上人といい、千日祈願の徳を称え、明野や宇治山田の人々が世話人となって建立したものである。 裏面に満行、天保七年(1836)丙申年三月廿九日とある。 1994年8月 伊勢市教育委員会 |