小泉見庵 魚町  松阪市 三重県
宣長は、明和9年(1772)3月5日、仲間五人と連れ立ち、吉野の桜また飛鳥を巡る旅にでました。小泉見庵、稲掛棟隆・大平親子などがそのメンバーです。 宣長43歳、見庵37歳の時です。旅の様子は宣長『菅笠日記』にくわしく記されています。小泉家は代々医者であり、家は宣長の家の向かい側にあり、母かつ、宣長もこの小泉家を見て、医者になってやっていけると思ったという説もあります。小泉家の菩提寺願証寺(職人町)に宣長の歌碑があります。