山田奉行所跡 吹上2丁目 伊勢市 三重県
山田奉行公事屋敷跡 所在伊勢市吹上ニ丁目お屋敷
 山田奉行の創始は、徳川家康が江戸に幕府を開いた慶長8年(1603)にさかのぼります。この年、長野内蔵允友秀が派遣され、このあと、明治維新まで48代、その治政は260余年に及びました。初期の奉行は、伊勢の国奉行もしくは四日市代官が山田奉行を兼務しましたから、山田市内に下代を置いて、その役邸で公事を行いました。このため、市内には、ほかにも役所の名を冠した地名が残されています。「お屋敷」の名で呼ばれるこの公事屋敷跡は、6代岡田伊勢守善同が、寛永7年(1630)に新設した役所跡です。 その後、花房志摩守幸次が山田奉行専任となると、現在の御薗町小林に奉行所を建設、寛永15年(1638)、有滝浦にあった船蔵や同心屋敷を、そこに移転しました。このとき、吹上二丁目の公事屋敷の機能も移されましたが、しばらくはそのまま使われたとも伝えられています。 吹上二丁目の公事屋敷跡は、今も「お屋敷」と呼ぱれ、また、かってその鎮守社であった「お屋敷稲荷」{北北東ヘ130m)は、今も多くの人の信仰を集めています。 伊勢市教育委員会