君津市漁業資料館 人見 君津市 千葉県
近江屋甚兵衛は、1766年(明和3年)江戸(今の東京)の四谷に生まれたといわれます。甚兵衛の生いたちについては、くわしいことはわかっていませんが、11歳のときにノリ問屋に奉公し、大人になってからはノリ商人をしながら、ノリのつくりかたについて強い関心をもっていた.と伝えられています。 のちに、甚兵衛は妻と子どもをなくし、悲しみをのりこえるために、残りの人生をノリづくりにかける気持ちをかためました。甚兵衛、54歳の春のことでした。

ヒビたてのゆるしをもらった甚兵衛は、人見の十郎左衛門宅のへやを借り、準備にかかりました。甚兵衛は2人の名主と話しあって、ノリづくりがうまくいったならぱ、目分一人が買入れ問屋になる約束をしたといわれます。 最初の年は、浅せにたてたヒビが波にさらわれたりして失敗に終りましたが、次の年の1822年(文政5年)の冬のはじめには、ヒビに黒々としたノリがつき、目的をはたすことができました。 甚兵衛の苦労とノリづくりにもえる気持ちがようやく実り、「上総ノリ」が生まれたのです。